アジア旅行好きのおっさんブログ・レポート

タイ・ミャンマー・ベトナム・ラオス等のアジア旅行の思い出をブログでレポートします!。

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タイ・カンチャナブリー~旧泰緬鉄道の旅「戦場にかける橋」③


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クウェー川鉄橋駅を出て少しすると景色は畑や田んぼ中心のゆるい風景が
延々と続く・・・

僕は窓際に座り、窓を開け、流れ込む湿った熱い風に吹かれながら
そんな風景をぼ~っと眺め、実家の田んぼの風景を思い出したりして
ノスタルジックな気分に浸っていた・・・



そんな風景を撮影しました。こんな感じ。

IMG_0908.jpg

たまに窓から顔を出して後方の様子を見てみたりするんだけど
列車ギリギリまで草木が伸びていて、大けがをしそう!
時々、ガサガサガサッ!と大きな音を立て、草木を掻き分けながら
列車は進む・・・

いくら整備したって熱帯だし、次から次から生えて伸びてくるんだろうなあ~

IMG_0906.jpg

そんな感じで車窓の風景を楽しんでいると、一枚の紙が手渡された・・・

「誇りの証書」とある・・・

IMG_0907.jpg

ズ~~~ムっ!

異境的歴史的古典風習・・・伝えたい事は判る

その数百万人の観光客の一人である僕は、かつてこの「死の鉄道」工事を
主導した日本人なのだ・・・

何人もの犠牲の上にこの鉄道工事は完了し、僕はその鉄道に乗り
ノスタルジックな思いに耽る・・・ちょっと考えさせられる・・・

IMG_0931.jpg

やがて列車はこの旅のハイライトでもある「アルヒル桟道橋」に近づいた。
ダイナマイトによる突貫工事でデコボコになった岩壁にへばりつくように
300mの桟道橋が続いている・・・

IMG_0932_20141020012811fc6.jpg

工事の中でも一番の難所で多数の死者も出たというこの場所を
列車はゆっくりと徐行運転しながら進む・・・

進行方向左下には茶色いクゥエー・ノイ川がゆったりと流れている・・・



そんな「アルヒル桟道橋」を徐行運転する列車の様子を撮影しました。

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そんなスリリングな瞬間を他の観光客も楽しんでいるようで
皆、窓から顔を出しては夢中でシャッターを切り、奇声をあげる
人もいたなあ

この列車に乗るなら進行方向左側をおススメします!

IMG_0916.jpg

徐行運転を続けながら到着した駅は「タム・クラセー駅」。
ここでランチを食べ、周辺を観光するようだ・・・

ここまで約1時間半ぐらいのショートトリップだったが充分に
鉄道の旅を満喫できた。

IMG_0925.jpg

この駅の近く、線路を渡った岩壁の中に祠があって立派な仏像が
安置されていた。僕もタイ人や他の観光客に交じって手を合わせる・・・

特に今回は「日本人」として・・・

IMG_0922_20141020012648392.jpg

そんな名もないような小さな祠でも僧侶が通う・・・
仏教に対する信心深さはこんな地方であっても
隅々まで行き渡っているのだなあ~
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| カンチャナブリー | 00:00 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑

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タイ・カンチャナブリー~旧泰緬鉄道の旅「戦場にかける橋」②

IMG_0872.jpg
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タイバンコクから車で2時間余りで映画「戦場にかける橋」のモデルに
なったクウェー川鉄橋に到着する。

第二次世界大戦中、日本軍はビルマに軍需物資を運ぶために現地の
人々や連合国の捕虜を大量に使って鉄道を敷設した・・・
写真の丸いスパンがオリジナルで台形の部分は戦後賠償で日本が
修復した部分らしい・・・



そんな戦争の負の遺産のような橋も現在では地元の人々も訪れる
観光地となっており、たくさんの観光客が訪れ、橋の上を歩いたり
写真を撮ったりしている。

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橋周辺のクウェー川にはレストランなどが並び、観光地化されている。
橋を眺めながら食事ができるように川に張り出した構造が多いなあ~

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僕もそんな橋を歩いて見る事にした。
日差しを遮る物が全くなく、熱帯のギラギラした太陽の強烈な光が
降り注ぐ・・・当時、橋の建築に携わった捕虜達の苦労が偲ばれる・・・

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大きな汽笛の音がするぞ!
前から列車がやってきた。観光用の列車のようだ。
慌てず橋の所々に設けられた非難エリアに向かって列車をやり過ごす・・・

IMG_0854.jpg

もう、完全に観光用の列車だ。

泰緬鉄道は当時バンコクからミャンマーまでの415kmを結んでいたが
現在でもこのような観光用の列車の他にバンコクからナムトックまで本数は
少ないが列車が運行されている。

今回はここクウェー川駅からナムトック駅までを列車で旅してみようと思う!

IMG_0883_20140803031309092.jpg

クウェー川駅で列車の到着を待っていると汽笛と共に列車がやってきた。
凄い数の観光客がカメラを列車に向ける。皆、乗るのかな?

IMG_0885_20140803031255d03.jpg

列車は外国人専用車両とその他で分かれており、今回は外国人専用の
指定席をリザーブしておいた。おかげで、乗車こそ押し合いへし合いで
大変だったが落ち着いて席に着く事ができた



クウェー川駅を出て列車はすぐに鉄橋を渡り始める・・・
その時の様子を撮影しました~~~

IMG_0887_2014080303124998a.jpg

車内はアジアではお馴染みの扇風機が温かい空気をかき回わしている。
それに頼らずに窓を開けて風を入れると大変心地良い!

座席は案の定、ほぼ90度の落ち着かない背もたれが・・・
4人掛けのボックスシートの真ん中には折りたたみ式の
テーブルがセットされており・・・

IMG_0891.jpg

列車のスタッフが写真のようなおやつ?BOXを配りだした。

IMG_0894_201408030314000a5.jpg

そして手際良く別のスタッフがコーヒーや紅茶を配り始める・・・
いいなあ~~このサービス!外国人専用の扱いなのだと思うが
普通のチケットよりも高いだけの事はあるなあ~

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何より僕の大好きなタイのお菓子デューベリーが付いているのがポイント高い!
日本でもたま~~に売っているけど非常においしいのだ!

続く・・・
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| カンチャナブリー | 00:00 | comments:10 | trackbacks:0 | TOP↑

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タイ・カンチャナブリー~旧泰緬鉄道の旅「戦場にかける橋」①


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ミャンマーとの国境近くにある町カンチャナブリーが世界中に知られたのは
映画「戦場にかける橋」に描かれた戦争の舞台となった為。

日本軍はビルマに物資を運ぶために、数多くの現地の人々や連合軍の
捕虜を使って鉄道を敷設したのだった。戦後一部は撤去されてはいるが
現在もカンチャナブリーから80km先のナムトックまで列車が運行されて
いる。

その列車が通るクウェー川鉄橋「戦場にかける橋」周辺を訪ね、列車にも
乗ってきたレポートです。

上の画像は当時、泰緬鉄道を実際に走っていた蒸気機関車。

IMG_0840.jpg

今では錆び付いて古びた鉄の塊になっているけど、当時はミャンマーまで
軍用物資を運んでいたのだなあ~~

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蒸気機関車の展示エリアから少し離れた所に日本軍が建立した
慰霊塔が立っている。

鉄道建設に従事して亡くなった連合軍捕虜と周辺諸国から集められた
人々の霊を慰めるために1944年に日本軍によって建てられたそうだ。

僕も線香を手向け、しばらく無言で祈り続ける・・・

IMG_0836.jpg

次に向かったのはJEATH戦争博物館。

日本軍による捕虜への拷問を描いた絵や当時の写真など
捕虜収容所の記録を生々しく残す所だ・・・

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建物は当時の収容所を再現すべく竹で造られている。

日本軍が捕虜に対して行ってきたショッキングな写真や資料に
暗い気持ちにさせられる・・・

ここには中国人や韓国人など日本人以外の観光客も来ており
あらためて反日意識が高まっていくのだろうか。何とも言えない
気分だ。

IMG_0834.jpg

当時の武器や日用品も展示されている。

このJEATHとはJAPAN,ENGLAND,AUSTRALIA,THAI,HOLLANDの
頭文字を取ったもの。DEATHという名称も案にあったがあんまりだという事で
却下されたらしい。

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日本とタイは戦争した事にはなっていないけれど、抗日運動は
あったし、日本軍がタイ国内にいるお陰で連合国から空襲を
受けている。

親日で知られるタイではあるが、そういう歴史的な事実は
頭に入れておきたい・・・

IMG_0831.jpg

永瀬隆氏の像。彼は陸軍通訳であり、泰緬鉄道 建設の現場に関わった証言者。WIKIより。
鉄道敷設で12万人もの捕虜が亡くなった事実を重く受け止め。「必ずここに戻って犠牲者の
霊を慰める」と決意し1964年以降、毎年タイを巡礼・・・

彼の功績を読んでいると博物館で暗くなった気持ちが少しマシになってくるのだ・・・

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世界中で見かけるこの文字・・・
一体いつになったら実現するんだろう・・・

続く・・・
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